インタビュー

インタビュー記事2

誰が見ても、彼女が一番だったね、という滑り

インタビュアー 増島 みどり

里谷は11月に米国への遠征に出発し、その後順調に雪上でのトレーニングを積んだ。12月初旬、コロラドでエアの練習中に着地後、木に激突したため左ろく軟骨を打撲、様子を見たが痛みがひかないために初戦のW杯ティーニュ大会(フランス)はキャンセルすることになった。次戦のドイツ大会(18日)も微妙で、年内は治療に専念し、来年のW杯カナダ大会が初戦になる可能性も出ている。インタビューは、日本を出発する前と、ティーニュで行った。

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痛みのほうはどうでしょうか。

里谷

くしゃみをしても痛みがありますので、とにかくじっとしているしかない状態ですね。スキーはできません。全治は一応4週間との診断を受けましたが、2週間で痛みが消えるのでは、といわれています。歩くこと、イメージトレーニングをしています。

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どういった状況でしたか。

里谷

(隣でスティーブコーチがその時の映像をPCに入れたものを流して説明してくれながら)エアで前方回転をして、それはとても良かったのですが、着地をしてバランスを崩したまま、横に流れて木に激突してしまいました。笑っちゃいますよね、相変わらずです。

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骨折しなくてよかった。どうでしょうか、さあ、シーズンというときの怪我は

里谷

仕方ないですよね。それに、ここまでしっかり練習をしたことがゼロになってしまうわけではありません。ここでは、ほかの選手のエアを見たり、勉強になりますし、私は自分のことに集中していますので、焦りもありませんね。オリンピック云々は先ずはW杯に出てからの話ですし、時間はまだまだありますから。

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ティーニュで雪の上に立っていると、とても嬉しそうですね。自然と引き締まっていい顔になられますね。シーズンに入って、最初のレースを迎えるまでのステップについて詳しく伺えればと思います。トランポリンで技を身体に覚えさせていく段階で、これだけ繰り返してもできなければ、モーグル選手としてではなく、アスリートとしても諦めもつく、と話していましたね。面白い感覚だと思いました。

里谷

例えば、フルツイストという新しい技に挑戦する中で、後方で1回転しながら360度、そして横に1回ひねる動きを雪の上でいきなりできるものではありません。トランポリンでの練習をスタートさせた頃には、100回やって1回、そんな確率で成功するのがやっとでしたね。

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100回で1回?きついですね。

里谷

前にもお話したように、モーグルのルール改正によってこれまでとはまったく違った平衡感覚を鍛えなくては戦えなくなってしまいました。この年齢になって初めて後方宙返りに挑戦することには、正直に恐怖心を感じましたし、小さい頃から体操競技をやっていれば、なんて後悔も湧きました。ただ、100回やったら1回、200回で2回、そういう確率で600回、700回と重ねて行く中で新しい感覚が生まれてくる。トランポリンは初めてではありませんが、こんなに回転をする、しかもやったことのない回転ですから最初は目が回るよりも、頭の中が回ってしまって、気分が悪くなる。そこからがスタートです。めまいがして気持ちが悪くて、フラフラしてしまうんですね。立てなくなる時もあるので1時間休憩をしてみて、それでも気分が悪いのが治らなければ翌日に持ち越す。結局は慣れるしかない。

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これまではなかった、新たな平衡感覚という運動について確信を得られるとすれば、どのくらいのレベルなのでしょう。

里谷

200回やって180回は成功しなければ駄目でしょうね。そこで初めて、雰囲気ではなくて感覚と呼べるものが生まれてきますから。でも、今年のスタートでは未知の世界だった技の感覚が、できっこないと思う段階から少しずつ形になっていくプロセスは、やはり楽しいものでした。できた、と思えたときのあの感激は、今でも子供の頃と同じか、むしろそれ以上の喜びを覚えますよね。ターンやスピードは、そういう類のテクニックではありませんから、恐怖心と戦う反面、楽しさや充実感、喜びといった気持ちを味わえる。それが競技へのいいモチベーションになる。

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一方で、エアの大技とは別の次元、つまり里谷さんが大事にしている部分はずっと変わらないと話していましたね。

里谷

昨年1年のブランクがありましたが、その期間、改めてほかの人たちの演技をよく見ることができました。改めて外から見てみると、自分の持ち味、といったものは何なのかを冷静に考えることができますよね。大技のエアばかりに注目が集まるのですが、私の持ち味は、と考えると、別の部分、スピードでありターンではないか、と。確かにモーグルのレベルは急激に上がったとは思います。ただ、エア、採点でいえば25%の部分の話であって、残りの75%、ターンとスピードについては国際的にもレベルアップはしていないのではないかと…こんな偉そうなことは言えないのですが。

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偉そうではありません。里谷さんの軸足は75%の部分で揺るがないという意味ですから。

里谷

ターンやスピードも急激にレベルが上がっていれば、ブランクから復帰した自分には太刀打ちできないでしょう。逆に言えば、ターンもスピードで勝てないわけではないから、エアだけ、何とか頑張ってチャレンジすればブランクも埋まるんじゃないかと考えたんです。

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ご自分では、ターンとスピードはレベルアップしていると確信がある。

里谷

過去3度の五輪や大きな国際舞台の中で、ターンとスピードは練習を積み、さらに磨きをかけてきた、成長を続けられた自信はあります。コーチは(スティーブ・フェアレン)アメリカ人ですが、もともとターンとスピードを重視していました。大きな舞台になればなるほど、自信というか、自分はどこを持ち味としているのか、それに左右されます。私は、スピードとターンでは絶対的な自信を持ってスタートラインに立てるようにと、願っています。エアは確かに大技が求められますが、私の軸足はそこにはないですね。

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75%の自信、というのはとても面白い話ですね。ところで興味があるのですが、モーグル選手の視野の確保はどうされているんでしょうね。モーグルが難しいのは、回転し、接地面を判断し、雪や風といった自然条件とも共存しながら、スピードも競う、本当に色々なものを「見なきゃ」いけないですよね。体操は屋内での回転で、走りませんし、ほかのスピード系の競技ともまた違いますよね。ジャンプ、スノーボードは近いんでしょうけれど、かない多くの情報を全て別の運動で見るのはユニークです。

里谷

まばたき1回もしていないんじゃないかって思えることがありますね。実際にはしているのかもしれませんが。一度、コンタクトレンズをして滑った時、まばたきをしないものだから、コンタクトがパリンと乾いてしまって前が全く見えなくなってしまったんですね。自分でも意識してなかったのでびっくりしたんですが、どのタイミングで瞬きしているのかな、と思って色々トライしてみると、今度はその瞬間に転んだりして…。あの時、まばたきはしていないんだろう、と思いましたね。

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確かに、不用意にまばたきすれば転びますね。陸上などで、無呼吸状態で走りぬく種目はありますけれど、瞬きなしで滑りぬくという仮定は面白いです。モーグルの視野って、それほど激しく変わる不思議な世界なのですね。景色が見えたと思ったら、目前に真っ白な雪だけが迫っている。

里谷

意識して景色を見たほうがいいときもあります。1回でもバチっとやると危険なんでしょうね。競技は30何秒ですから、してないんでしょうね、体がそういう機能になっているのかもしれないです。

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メンタルトレーニングについては?

里谷

何度か挑戦はしたんですが…寝てしまった。

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寝てしまう?

里谷

ええ。いわゆるメンタルトレーニングでは、かなりぐっすり。でもどうなんでしょうね、環境を外から整えられてイメージしてもあまり意味がないように思います。それよりは、寝る直前にレースを想像することのほうが、次の日には生きるでしょうね。本気で今自分がどうしたいのか、どうすればいいかを考えるから。そういう時には、自然と手に汗をかき、胸がドキドキと高鳴ってきます。

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眠れぬ夜、は?

里谷

そうですね、一発勝負、という部分ではやはり緊張することもあります。夜中に何度も何度も目が覚めてしまうのは、そういう緊張と知らず知らずのうちに対面しているからなのかもしれないですね。失敗したらどうしよう、という気持ちはいつもあります。そこで、失敗なんてイメージしないと考えるタイプではないかもしれません。漫画を読んでみても、頭の中でくるくる回ったりしてしまう。

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漫画が回ってしまうんですか。

里谷

ええ、ただ、いくら考えても来るものは来るし、それで思い悩んで眠れなくなったとしても、翌日に響くだけですからね。眠れずに辛かったなんてことは一度も経験していないですね。

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笑顔でスタートに立つ自分をイメージする、そういう選手も多いですね。

里谷

スタートでの笑顔は、ちょっと無理ですね。怖い顔かもしれないです。ただ、ゴールでの笑顔はイメージしたいと思っています。

——

過去3度の五輪を前にした時期と今では全く違うと思います。オリンピックにいる自分が思い浮かぶようなことはありますか?

里谷

まだ全くありませんね。私の場合は、手に汗を握る、これがひとつのサインですかね。今スタートに立ったとしても、本当に何の自信もないなと。

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そうすると、何を基準に、今の自分、世界と比較して、と判断をしていかれるんですか。トップ選手の中には、克明な練習日誌を何年にもわたって書いているアスリートもいますね。

里谷

私はまったく。昔の自分と比較して、と考えたことがありませんね。お話したようにルールも大きく変わる中で、昔とは確実に違っているし、目指している滑り、自分のレベルも変わっているんじゃないでしょうか。コーチはつけてくれているはずですが、聞いたことはありません。オリンピックのような大舞台で言えば、いつでもオリンピックと自分との距離は同じで、4年に一度、私がそこへ向かって何とか近づいて行く感覚なんです。

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選手の中には、4年に一度、なぜか五輪が寄ってくる、なんていう人もいます。里谷さんは近づいて行く。

里谷

大舞台に強い、そう言われることもありますが、決してそうではないんですね。小さな試合でも、普通の試合でも、それは全部勝ちたいと思って練習をしています。ただ、みながどうしても勝ちたい、と思う場所で勝つことはやはり気持ちがいいですよね。私はいつも、どんなことがあっても絶対に後悔だけはしたくない、と思っています。何ひとつやり残したことがない、そう思って臨めればと願います。ですから、この私が、凄く綿密なステップを踏もうとするんです。

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この私が?そう見えますよ。

里谷

そうですか。普段は計画性もないし、練習も好きではありません。そんな私が、もの凄く大事に、大事にステップを踏んでいくんです。課題ひとつを見つけると、それをしっかり克服するためにどうするか、と改善に取り組んで、少しでも納得がいかなければ、そこも修正をする。そうすると、例えばオリンピックなら、直前になると自信の塊になっているんですね。後は滑るだけ、と、弱いところが一切消えている。ですから今は、前のシーズンから送ってきた課題が本当に沢山残っていて、まあ、宿題が山積み、そんなところです。

——

大舞台を一発狙うとか、強いのではなく、そこに至るために、いかに綿密に課題をこなし繊細なプロセスを踏むかなのですね。もちろんまだ、オリンピックの姿も見えてはいないと思います。

里谷

今は準備段階で、未知の部分が多いし、自信の塊どころか反対ですね。

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理想のモーグルとはどんなものでしょうか。

里谷

誰が見ても、彼女が一番だったね、という滑りをすることですね。

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基準は?

里谷

間近で見ている選手たち。選手の意見は正しいと思います。例えば選手たちが、今日のタエは圧倒的に強かった、と言ってくれるとものすごく充実した気持ちになる。

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これまでも経験は?

里谷

言われたことはあります。ただ、ビデオで見返すと、ちょっと違う、ここでもミスをしている、自分が思った以上の失敗があった、とか。シーズンの入り方、新技の完成度といい、とにかく未知の部分が多いです。ただ、この一年で学んだ、反復することへの忍耐とか完成度とか、失敗に負けずに続けることを大事にしたいんです。(雪の乗る前の)ウォータージャンプで、700回から800回をこなすことを目標としてやってきました。それを支えにして、それがどこまで通用するか、今ジタバタしてももう始まらないのですから。

増島 みどり
神奈川県鎌倉市生まれ
学習院大学政治学科卒業
スポーツ紙記者として五輪、サッカー、プロ野球などを担当し、1997年からフリーのスポーツライターとして活動を開始。 サッカー、陸上競技のビックイベントなど、国内にとどまらず年間多数の海外現地取材もこなす。
1998年から自身のホームページMasujima Stadiumを開設し、取材先からリアルタイムで記事を更新している。
主な試合リポートの寄稿としてSPORTS Yeah!(角川書店)、連載に「ジーコインタビュー」(FOOTBALL NIPPON/講談社)、「ジーコ流儀」(FRIDAY/講談社)、「セブンアイ」(東京中日スポーツ新聞)、「アスリート・ラボ」(夕刊フジ大阪)など。著書に「6月の軌跡 ‘98フランスW杯日本代表39人全証言」(’98 文芸春秋/ミズノスポーツライター賞受賞)、「シドニーへ 彼女たちの42.195Km」(’01 文芸春秋)、「ゴールキーパー論」(’01 講談社)、「オリンピアン、108年目の夏」(’04 角川書店)、ほか。