このレポートは里谷選手のプライベートコーチであるスティーブン氏が記したものです。
スティーブンコーチのレポート8
オリンピック前、そしてオリンピック
オリンピックの準備段階では、多くのケガや予定を妨げる向かい風に苦しめられました。ケガはあばら、首、背中の下部に渡りました。この為、多くの貴重なトレーニング時間を失い、準備の最終段階では目標を達成できなくなりました。
目標はオリンピックの決勝で、多英がフロントフリップをやることでした。もうひとつの重要なポイントは、滑走中の3つのターンを最も早いタイムでこなす事でした。
オリンピックへ向けたワールドカップの間、イタリア、マドナではフロントフリップに関して前向きな感触をずっと掴んでいることができました。この時点で、オリンピックでもフロントフリップをやる事に決めました。それ以外の前向きな要素としては、1月下旬に向けて非常に良いコンディションに入れたことでした。
私達はトリノ入りした時、多英を背中の痛みから回復させる為に2日間の休みを取りました。
この後、多英はコンディションの変化に気づきましたが、JOCの医師のアドバイス通り、痛みを緩和する注射を背中に打ちました。この注射の危険性は、下半身のだるさと動作速度の低下を引き起こすことです。ただ、この注射はすぐに効果があり、多英は2日間に渡るトレーニングをしっかりとこなすことができました。
しかし、次の日の終盤には痛みが復活し、最後の3トレーニングセッションの妨げとなりました。
この為、多英は2回目の注射を打ちました。今回は前回ほど強力なものではなく、副作用を引き起こさないものでした。残念なことに、この注射では1回目のように痛みを緩和することができず、多英はスキーとジャンプに関して慎重にならざるを得ませんでした。
翌朝のトレーニングでは、決勝進出に集中する為、堅実なバックレイアウトとダブルツイスタースプレッドで滑ることに決めました。
この方法はうまく行き、予選で9位というメダルを狙いに行けるポジションにつくことができました。
スコアを分析した結果、多英のジャンプは不完全なものであったにも関わらず、彼女のエアーは決勝進出者の中でトップであったと分かりました。ターンは低く、スピードは中くらいでした。
私達はスピードとターンに集中することを話し合い、決勝でフロントフリップをやる為に、これらを犠牲にすることはできないと考えました。
しかし、多英は2回ほど最初のジャンプの具合を試し、以前からオリンピックでやってみたいと思っていたフロントフリップをやることに決めました。
後からスコアを分析すると、ダブルツイスタースプレッドで飛び、ターンの速さで攻める選択肢を選んでいれば、メダルをものにすることができたと思います。決勝に向けた最終トレーニングの際、この選択肢をもっと強く推しておくべきでした。
しかし、オリンピックまでこの技にまつわる多くの事故があるのにも関わらず、ファンやメディアのコメントは多英がフロントフリップを跳んだ勇気を賞賛していました。
これは多英自身が気に入っている性格の一面で、彼女のファンに対してたいへん良いイメージを与えたと思います。その為、多英には戦略を変えればメダルに手が入った可能性については言及していません。このことは競技が終わった今でも私を度々悩ませますが、フロントフリップというより難易度の高い選択肢を選んだ多英のことをとても誇りに思っています。
多英は現在スキーを続けて行く事に興味を示しており、彼女自身は4年後の2010年にもう一度やることができると信じています。このことに関する決断は、ワールドカップシーズンが終了し、多英が2、3週間スキーから休憩を取る事ができたときにするべきだと思います。
その後、多英は今後の目標について利点と欠点をそれぞれリストアップするべきだと私は思います。そして多英と一緒にそのリストを見ながら、何が今後の計画としてベストかを相談したいと思っています。それを踏まえ、関係者皆でグループとして、多英と彼女のスキーの将来に関して結論をだしたいと思います。
以上
|
スティーブン・フィアリング 国際フリースタイルスキーの前メンバー。 カナダスキーチーム、日本スキーチーム、日本オリンピック委員会、 韓国スキー協会でコーチを経験。 1994年に来日。 日本語も堪能で文化もよく理解している。 |